茶祖

禅の教え
法話
わだかまりのない心で
手紙を書くのを忘れずに
大いなる哉心や
戒律

わだかまりのない心で

臨済宗連合各派布教師
興雲庵住職 坂井田 泰仙

 本年はNHK大河ドラマ「平清盛」が放映されており、その影響もあってか、平家ゆかりの地はどこも多くの観光客で賑わっているようです。建仁寺にも平清盛の嫡男である重盛の館門の遺構とされる勅使門があり、わざわざ遠方より訪ねて来られる方もいらっしゃいます。

 さて、その大河ドラマの冒頭に出てまいります「平清盛」という題字を書かれている方が書家の金澤翔子さんです。近年、マスコミ等でも多く取り上げられている方ですので、ご存じの方も多いと思います。

 彼女は現在二十七歳。ダウン症というハンデを抱えながらも幼い頃よりお母様に書道の手ほどきを受けられ、書家として活躍をされています。小柄な彼女ですが、ひとたび筆を持たれますと驚くほど力強く、躍動感に溢れた作品を書かれます。建仁寺にも今から四年前に鎌倉建長寺様より翔子さんをご紹介いただき、「風神雷神」の書を奉納して下さいました。この有難いご縁によりまして毎年当山にて個展を開いて頂いております。

 そんな翔子さんの作品の中に般若心経の一節「心無礙」から取った「無礙」という書があります。「礙」は「さえぎる、さまたげる」という意味ですから、「心に礙が無い」とは「心にわだかまりが一切ない」という境地をさします。

 彼女はまさしくそんなお心を持った方です。どの作品を見ても、線に一切の迷いや雑念はなく、自由で大らかに書き上げられています。また彼女は誰に対しても分け隔てなく慈愛に満ちた笑顔で接しておられ、その屈託のない笑顔には何のわだかまりもない清浄な仏の心が表れているかのようです。

 それに対して、日常の私たちの心はどうでしょうか。いつの間にか自己の中に芽生えた「自我」によって、あらゆるものを偏見で判断してはいないでしょうか。この偏見の事を「分別心」といいます。これによって私たちは「好き・嫌い」「可愛い・憎い」などの二元対立の心を持ち、知らず知らずのうちに物事を選り好みしているのです。この「分別」という言葉は一般的には「物事の是非、道理をわきまえる」といったよい意味で使われていますが、仏教においては迷いや苦しみを生み出す原因とされているのです。

 現代社会においては人間関係での悩みを持たれている方も多いと思いますが、これも自らの分別心という「ものさし」によって人を判断し、優劣をつけてしまっていることが原因です。

 江戸時代の禅僧である良寛禅師は「いかなるが苦しきものと問うならば、人を隔つる心と答えよ。」という詩を残されています。「どのような事がつらいものであるかと人に聞かれたら、人を分け隔てて遠ざける心であると答えなさい。」という意味です。やはりいかなる場面においても人を分け隔てすることなく、心を一つにもって選り好みをしない事が肝要であり、それが良い人間関係をつくっていく上での基本となるのではないでしょうか。

 私たちは日々の中で次々と生まれてくるこの分別心をできる限り取り去り、物事をありのままに受け入れていく事ができれば、人間誰しもが本来持っている清浄でわだかまりのない心を取り戻すことができるのです。そしてこれによって毎日心穏やかに過ごすことができ、ご自身の人生がより豊かなものになってくるはずです。

 

皆さんも建仁寺にお越しいただき、翔子さんの清浄な心が溢れた書を是非ご覧ください。

 
坂井田 泰仙
(さかいだ たいせん)
興雲庵住職