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大いなる哉心や
戒律

大いなる哉心や~仏教徒の心、生き方~

圓徳院閑栖住職 後藤 典生

 月を調べ、探求しても月にはなれない。仏教を学び、研究しても仏教徒にはなれない。知識を得ることよりも、心を得、生き方、在り方を大切にする。

 栄西禅師の「大いなる哉心や」というのは、人間はどうあるべきか、どう生きるべきかという「心」、仏教徒としての「心」の持ち方であろう。

 そこで、どのような「心」を持ち、どのような人であるべきかを語りたい。

仏教徒であると胸を張って言え、神仏を尊び、祖先を敬う心を持ち、深々と仏様に頭を下げられる人。
生きることにも死ぬことにも、こだわらない人。
苦しいことにも楽なことにも、こだわらない人。
腹八分目で辛抱する人。
勢いはあるが、それをセーブできる人。
怒りを捨て、恨み心を制御できる人。
幸福を独り占めにしない人。
石頭でなく、間違った相手をとことん追いつめない人。
心の自由な人。
眼光は鋭いが、目に涼しさのある人。
忍び耐えることが出来る人。
道を求める人。
自己に勝てる人。
働くことが嫌だと思わない人。
自分の行いに反省が出来る人。
愚痴を言わない人。
放逸、愛欲に溺れない人。
物事を楽観的にとり、人生にくよくよしない人。
自己のものを他人に供養できる人。
他人に優しく、自分に厳しく、責任を自己のこととし、相手に転嫁しない人。
フェアー(公平)で差別のなく、他人を大切にし、他人を愛せる人。
全ての生き物を大切にし、命あるものを損なわない人。
相手の行為を悪く考えず、他人に利益を与える人。
人の言葉を素直に聞ける人。
生かされる自分を知っている人。
ありのままの姿を出すことの出来る人。
人に対して親切にしていると言わない人。
裕福でも裕福な素振りを見せない人。
いつも活き活きと生きている人。
裸になっても光り輝いている人。
今生きていることに感動を覚える人。
足ることを知る人。
願いのある人。
外には求めず、内に求める人。
質素を愛し、ものをどんどん捨てていける人。

戦後まもない頃、米国人は日本人を見て「日本人は貧しいけれど、気高い国民である」といった。
今日、日本人は貧しいといわれることはなくなったが、気高いといわれることもなくなった。
私は、仏教徒の「心」がなくなった様な思いがする。栄西禅師の八百年遠諱にあたり、その「心」を考えてみてはどうだろうか。

後藤 典生
(ごとう てんしょう)
圓徳院閑栖住職